2005年度~2007年度(財)トヨタ財団計画助成「市場経済下の現代チベット──宗教復興と文化教育」研究成果報告書(代表者:村田雄二郎,2008年3月)「はしがき」より
本研究プロジェクトは,現代チベットを対象とする地域研究が,わが国で空白に近い状況であることに鑑みて,若手を中心とする研究者のネットワークを構築する企図をもって立ち上げられた。
ここでいう“ネットワーク”には,現代チベットに関心を持つ専門家や実務家の連携と強めると同時に,国外において盛んになりつつあるチベット学との交流も促進するという二重の意味を込めている。
ちょうど,東京大学駒場キャンパスでささやかな研究会を創設するのと前後して,トヨタ財団から計画助成を受けることができたのは,幸甚であった。
本報告書の各処が示唆するように,現代チベットの研究には“三難”がつきまとう。曰く,
(1)人材難:とにかく研究者の数が絶対的に少ない。チベット語の使い手も限られている。研究者が少ないということは,後継者もまた少ないということである。
(2)材料難:先行研究の蓄積がほとんど皆無である上に,頼るべき資料やデータも限られている。得られる情報のバイアスを批判的に検証するだけの条件が整っていない。
(3)政治難:“チベット問題”という敏感な事項に触れざるを得ないので,現地調査や聞き取り,研究交流の現場ではつねに緊張を強いられる。また,周囲の“雑音”にも顧慮する必要がある。
以上の “三難”は,最初から分かり切ったことではある。しかし,グローバル化の中で激しく変化するチベットの社会や文化への精確な認識を欠いて,日中両国や東アジアの協調や安定的発展がありえないこともまた事実だろう。しかも,フィールドとしてのチベットは,実にスリリングで知的関心をかき立てる材料に事欠かないのだ。(後略)