望月哲男編著『シリーズ・ユーラシア地域大国論 6 ユーラシア地域大国の文化表象』,ミネルヴァ書房,2014年3月,A5・292ページ,4,500円+税,ISBN 9784623070312
【内容説明】
広大な大陸と海洋、中国・インド・ロシアなど巨大な国家群、そして膨大な人口を擁するユーラシアは、どんな文化を育んできたか。ヨーロッパ文明との出会い、ユーラシア諸国間の交流はいかに生じ、どのような相互認識が形成され、伝統文化はグローバリズムの流れにどう対応してきたか。近現代史の重要なモメントに焦点を当て、思想、宗教、メディア、文学、芸術を多角的に論じる、ユーラシア比較研究の新しい試み。
【目次】
刊行にあたって
序 章 ロシア・中国・インド(望月哲男)
第Ⅰ部 アジアにおける文化表象の諸相
第1章 キリスト教音楽の受容と土着化(井上貴子)
第2章 ステレオタイプの後に来るものとは(S・V・シュリーニヴァース)
第3章 地域大国の世界遺産(高橋沙奈美・小林宏至・前島訓子)
第Ⅱ部 中国とロシア――相互認識と文化表象
第4章 非対称な隣国(村田雄二郎)
第5章 よい熊さん わるい熊さん(武田雅哉)
第6章 幻想と鏡像(越野 剛)
第Ⅲ部 インドとロシア――境界を越える思想
第7章 周辺からの統合イデオロギー(杉本良男)
第8章 マイトレーヤとレーニンのアジア(中村唯史)
第9章 帝国の暴力と身体(望月哲男)
終 章 ユーラシア諸国の自己表象(望月哲男)
人名・事項索引
*私が担当した第4章「非対称な隣国──近代中国の自己像におけるロシア・ファクター」では,ネルチンスク条約締結に始まる露清関係の変遷をたどりつつ,最後に1896年の露清密約の脱神話化を図るべく,以上のように総括しました。
「李鴻章の一連の「売国」政策を非難し、これと結託したロシアのマイナスイメージを作り上げるのにもっとも貢献した言論人こそ、康有為の一番弟子ともいうべき梁啓超(1873-1929)その人だった。梁啓超は戊戌政変(1898年)で日本に亡命し、『清議報』ついで『新民叢報』を言論基地として、変法推進のため縦横無尽に筆を走らせる。西太后を首班とする清朝政権を標的にする彼にとって、列強の対清政策や国際環境は、終始重大な関心事であった。彼が早くから露清密約を注視していたことは、『清議報』(第24・25・27冊、1899年8-9月)に連載した「亡羊録(一名丙申以来外交史)」で最初に露清密約を取り上げていることからもうかがえる。その情報源は、先のNorth China daily Newsの記事であるが、カッシーニと李鴻章の「私約」や西太后への働きかけなど、総じて中国「瓜分」の先触れとして露清密約の交渉過程を描き出している。これをさらに敷衍して単行本として出したのが、梁啓超『中国四十年来大事記(一名李鴻章)』(新民叢報社、1902年)で、この書が広く世に迎えられることで、露清密約に関与した李鴻章(および背後で彼を支持した西太后)への負の評価が決定的なものになる。露清密約にまつわる陰謀、賄賂、甘言、脅迫など暗い宮廷の物語りは、その後小説や通俗読物に変奏されて、中国の人々の清末政治をめぐる固定イメージを作り上げてゆくのである。梁啓超の反西太后の言論活動は、この点において見事な成功をおさめたというほかない。」
中国近代史を変法≡革命の語りから解放する作業の一環として書いたつもりです。(村田雄二郎)