情報学環(駒場)主催 対話による複雑系研究会(第二回)
知るとは何か?
―「想起」と「暗黙に知ること」―
対話者
田中享英(北海道大学名誉教授:ギリシャ哲学)
池上高志(東京大学総合文化研究科:複雑系科学)
安冨歩(東京大学情報学環:近代日本植民地史/複雑系科学)
日 時:2005年7月12日(火) 午後2時から5時
場 所:東京大学駒場キャンパス情報教育棟4階遠隔講義室
入 場:無料(事前申込不要) 定員50名
問合せ先: 安冨歩 yasutomi@ask.c.u-tokyo.ac.jp
====シリーズのねらい====================================
「複雑系科学の観点から世界はどう見えるか」をテーマとした対話型の研究会を企画いたしました。 「人を招いて喋ってもらって話を聞く」という形ではなく、登壇者の研究を題材として対話を創り出してゆくというスタイルを採用いたします。
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第一回は生態系の挙動をテーマとして、時田恵一郎・池上高志・深見理のお三方に対話していただき、予想を上回る盛り上がりとなりました。これによって「対話」の形式に自信がつきましたので、1回でやめないで、シリーズ化することといたしました。
第二回は古代ギリシャ哲学研究者の田中亨英さんをお招きし、池上高志さんと対話していただきます。私が「対話」研究会に一番お招きしたい人物は、対話の家元とでも言うべきソクラテスなのですが、残念ながら随分前にお亡くなりになっております。
そこでソクラテスを創造的に解読しておられる田中さんをお招きすることにした次第です。北海道大学文学部をこの春に退官された田中さんは近年、プラトン『メノン』について全く新しい解釈を提出され、ギリシャ哲学研究者の「総スカン」を喰っておられるラディカルな研究者です。
wwwsoc.nii.ac.jp/gps/Ronshu/2004_4.pdf
私はここ何年かマイケル・ポラニーの「暗黙に知ること tacit knowing」という概念についていろいろ考えてまいりましたが、田中さんのメノン解釈を拝読して、そこに本質的共鳴のあることに気づきました。ソクラテスの「想起」の概念と「暗黙に知ること」を交差させ、複雑系科学の最近の知見を参照することで、「知るとは何か」という難しい問題に本質的な貢献ができるのではないかと予感しております。
今回は、駒場の遠隔講義室をアテネのアゴラに見立て、田中さんにソクラテス流の対話術の手ほどきをしていただこうと考えております。対話相手は私のほかに、複雑系科学の立場から、「わかる」という事態の書き下し難さについて徹底した研究を行っている池上さんにお願いしました。皆様のお越しをアゴラにてお待ちしております。(安冨 歩)