11日14時15分頃,中国社会文化学会理事会のため,駒場から本郷に向かう。途上,東京メトロ半蔵門線半蔵門駅停車中に強い揺れに遭い,駅員の誘導にしたがい,地上に出る。そのあと,JR市ヶ谷駅,ついで四谷駅とまわる。オフィス街なので,多くの人が路上に出ている。余震もあり,日本テレビ前あたりは騒然とした感じ。警官がビルからのガラス落下の危険をマイクで呼びかけている。この間,情報収集につとめるも,携帯がつながらず,公衆電話でようやく家族と連絡が取れる。四谷駅に1時間ほど待機し,モバイルパソコンで情報収集とメール発信。理事会は当然中止。四谷駅構内のテレビのモニターで地震の状況を知るが,交通回復の見込みはないと判断。いったん近くの避難所に向かうも,意を決し,千駄ヶ谷~原宿~代々木公園経由で駒場に歩き始め,19時過ぎにようやく研究室に到着。大通りはみな歩行者が多く,対面通行者もいて,はなはだ歩きにくい。山手通りも世田谷・杉並方面に向かう人の波だった。エレベーターが止まっているので,階段をのぼって10階の研究室にまず直行。部屋は予想通り,かなり本が散乱した状態だった。また建物の壁には大きな亀裂も見られ,地震の大きさを感じさせる。同じ研究棟に残った教職員十数名とテレビを見て被害の甚大さに愕然。メールチェックすると多くの知人・友人から安否確認のメールが入っている。返信を書く間も余震がひっきりなしに来る。その夜は,18号館に泊まり,翌朝帰宅。12日から予定していた上海行きは,キャンセル。華東師範大学のWSも中止。(村田雄二郎,13日記)