近刊予告『新編 原典中国近代思想史』
第1巻『開国と社会変容──清朝体制・太平天国・反キリスト教』
編集責任:並木頼寿 編集協力:茂木敏夫・菊池秀明
岩波書店,2010年2月25日刊,350頁,定価 5,775円(本体 5,500円 + 税5%),ISBN978-4-00-028221-5
清朝中期から義和団時期にかけての支配体制の変容,外来のキリスト教に対する清末社会の反応,清末の社会構造に大きな影響を与えた太平天国運動とそれによる体制変革の試みなどの関連原典を扱う.対外危機と西洋文明の新たな流入は空前の世直し運動を引き起し,伝統的な社会規範との衝突によって全土の社会的緊張を刺戟した。
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新編「総序」より抜粋
・・・日本の側についてとくに指摘しておきたいのは,巷間にあふれる各種中国論の量的増大が,かえって質的後退をもたらしているのでないかという危惧である。また,研究者の間で吟味されつつ緩やかに共有される中国像とマス・メディアやインターネットで喧伝される単純明快な中国論との大きな落差にも,驚かされざるを得ない。非核や平和主義について,安定した国民的合意を形成し得た戦後日本が,先のアジア・太平洋戦争に対しては,合意形成のための基盤を,日中関係が緊密の度を増した現在,かえって弱めているかにも映る。
もとよりわれわれは,学問的手続きでなされる中国理解がすべてだと思っているわけではない。むしろ,研究者専門家を含めた多様な社会的アクターの相互批判や討論を通じて,中国認識や日中関係をめぐる緩やかな合意形成がなされることこそ最善だと考えている。しかし,逆にそのためにこそ,われわれはもう一度,近現代史の現場に立ち返り,日本,欧米とも共通する思想・文化上の格闘・挫折や創造・達成の跡(トレイス)が,中国にもまた見出されることを,学問の現場から発信しなければならないとの思いに突き動かされるのである。
以上のような現状の認識と反省の上に立ち,われわれは迂遠とは知りつつ,「まずものをナマのまま提示して,読者一人一人は直接それらに触れ,それらと格闘できるようにする」(旧編「総序」)という原典主義を,いまここに改めて採用し,新編を上梓することを決意した次第である。その際,近代中国における多様な認識や議論の厚みを具体的素材によって示すこと,また資料の選定や訳出にあたっては,中国や台湾・香港,また日本・韓国・欧米学界の新たな研究成果を反映させることにつとめた。目指したのは,一言でいえば,日中関係の未来を担う若い世代に向けて,「近代」に分け入って「中国」を思考する際に必要とされる,栄養豊富で噛みごたえのある素材を提供することにある。それこそ,深いところで日中の相互理解を深め,東アジアの未来を思考するための,地道ではあるがもっとも肝要な「播種(たねまき)」(章炳麟,Ⅲ②2)の作業であると考えたからである。・・・