先日さるところに「中国近代思想史研究は近年,低調をきわめ・・・」というようなことを書いたばかりのところで,これを打ち破るように,力強く重厚な研究書二作が登場した。天に唾するとはまさにこのことで,わが知力と眼力の低調をこそ恥じなければならない。

區建英『自由と国民 厳復の模索』,東京大学出版会,2009年12月,434頁,ISBN978-4-13-036235-1, 9800円+税
内容紹介:亡国の危機に面し外患への対処を迫られた清末中国.民族主義が主流となるなか,むしろ個人に立脚し,自由と理性を基礎とした国民形成から近代化を模索した思想家,厳復.その思想を体系的に捉えなおし,今なお未完の,中国の国民国家建設の課題を浮かび上がらせる.
*區建英氏については,その訳業たる
丸山真男著『日本的思想』(区建英・劉岳兵訳)をすでに紹介した。福沢研究から出発し,来日後,丸山思想史学に学んだ著者は,厳復のテキストと格闘しつつ,「合群」(国民)と「自由」を鍵概念に,厳復の思想的軌跡と同時代への「抵抗」のかたちを描き出す。本邦初の本格的厳復論であるとともに,厳復という個性的な思想家を通じて見た近代中国論にもなっている。

坂元ひろ子『連鎖する中国近代の"知"』,研文出版 ,2009年11月,349頁,ISBN : 9784876363063,5,000円+税。
譚嗣同・章炳麟・熊十力・梁漱溟・李叔同(弘一法師)についての各論を集めた論集。総論はないが,タイトルの意味は,中国近代の思想家群を貫く「初期グローバル化」時代の知の相互連鎖や越境・混淆現象を読み解くということだろう。人文学の危機への「抵抗」を示すこの2冊を合わせ読むことで,中国の近現代,そして中国のこれからを思考する知の資源のありかが展望できるかもしれない。(村田雄二郎)