呉重慶「孫村 ある共時的コミュニティー──「ポスト革命時代」の人と鬼と神」(宮田義矢訳,『思想』1026号,2009年10月,中国語版は,孙江主编:《新史学(第二卷):概念·文本·方法》,中华书局,2008年5月,に収録。)に解題を執筆しました。福建での農村調査をふまえた,中国のいまを感じさせてくれる重厚な論文です。巷間伝えられる「上」からの・マクロな中国論とはなんと大きな懸隔のあることか! 以下,拙文の一節です。現代中国や中国文化に興味を持つ方にはぜひ,論文本体を一読いただきたいと思います。ちなみに呉重慶さんは,中山大学哲学博士のスマートな知識人,いまや中国で最も勢いのある月刊誌『開放時代』の編集長です。(村田雄二郎)
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・・・さて,鬼や神からなる中国民衆の信仰世界を,象徴分析の手法で鮮やかに解釈してみせたのが,本稿も触れるA・ウルフら欧米の人類学者であった。なかでも,冥界における神々の秩序が現世の官僚制ヒエラルキーと対応関係にあるとの見方は,いまや大陸中国の学術界にも浸透し,伝統的民間宗教を語る際に準拠すべき学説となっている。本稿のサブタイトルにある「人と鬼と神」という三カテゴリーの並列にもその影響が看取できるが,しかし呉重慶氏は,調査対象となった孫村における信仰共同体・永進社の復活を,たんに伝統宗教の再現とのみ捉えているわけではない。もちろん村民の鬼神信仰に「伝統の復活」といった側面があることは否定できないが,それにもまして呉氏が重視するのが,ブリコラージュとでも言うべき村民の臨機応変な神霊の活用であり,祭祀の具体的な実践である。
呉重慶氏の言う村廟の「共時的コミュニティー」の中で,民衆は仲間である鬼や神の織りなす官僚制的秩序を熟知しているわけではないし,エリートのこしらえた神仏の体系に同調するわけでもない。それとは逆に,このコミュニティーが見せる民間宗教の実践は,ポスト革命期の社会経済状況や民衆の個別のニーズに応じて,「想像しなおされ,捏造されさえした」「一種の新伝統」を形成しているのだ。このように考える呉氏は,A・ウルフら先行研究の問題意識を充分に受け継ぎながらも,現代中国の基層社会が日常の宗教実践の中でかいま見せる,伝統との断裂と連続の複雑な具体相を,臨場感あふれるディテールと独創的な解釈によって,われわれの前に呈示してくれる。・・・