新刊紹介
王柯『多民族国家 中国』岩波新書,2005年3月,214頁,780円(本体価格)
いきなり本の腰巻にある
中華文化形成の期の主役は
異民族の
人々だった
の文字が目に飛び込んできて,ややうろたえる。
まるで某右寄りメディアのキャッチコピーだ。岩波新書も最近はなかなかに扇動的な広告をするものである。
それはさておき,著者の名誉のために言っておくと,この本は別に扇動的文体で書かれているわけではない。中国が今も昔も多民族を包含したきた国であることを実直に述べた学術書である。それでも著者が「『中華文化』の創始者は異民族だった」というタイトルで本書を書き始めているのは,夷狄蔑視をたてに「中華思想」をあげつらう日本の中国論への反発があるからだ。日本のマスメディアやアカデミズムの一部にそうした傾向があることはたしかであろう。しかし「華夷」を特定の民族と結びつけて実体視するのではなく,一つの関係概念として捉えるのであれば,著者の立論と矛盾するわけではない。ここで問題となるのは,多民族国家という場合の「民族」や「国家」が何を意味するかである。この点,著者が近代的な民族概念を歴史的に遡行させているのが少し気になった。
それはさておき,本書は「中華」世界の古い歴史に始まり,民国期を経て,現代中国の民族問題に至るまで,制度や政策はもちろん,宗教,伝統文化,開発,観光,国際関係などエスニシティに関わる問題に多面的に目配りし,バランスのとれた概説書となっている。中国少数民族のいまを知る上では好適な入門書と言えよう。もちろん,評価の点でかなり論争的な内容を多く含むが,「多民族国家」の正義が単純に白か黒かで決着できるような問題ではないことが,よく伝わってくる。(村田雄二郎)