■■■新刊紹介■■■
茅海建『戊戌変法史事考』(生活・読書・新知三聯書店,2005年1月,571頁,37.00元)
「戦後」日本やアメリカにおける中国研究の相対的優位は,史料の豊富さとアクセスの容易さにその一因にあった。1980年代までは,中国で出ている史料でさえ,外国人のほうが利用しやすいといった状況があった。
だが,大陸で档案館の開放が進み,台湾でも国史館・党史会などで新史料の公開が加速するともに,中国近現代史の研究条件や研究環境にも大きな変化が生じた。档案の活用となれば,外地の研究者は地元の研究者にとうてい及ばないだろう。
『天朝の崩壊』で大きな話題をまいた著者は,現在北京大学歴史系教授。第一歴史档案館での長年の調査に加えて,日本の外交資料館や台湾の故宮博物院で清末档案を精査し,500頁を超える大冊を上梓した。史料にもとづく著者の分析は精細を極め,まさに「実証の鬼」というのがふさわしい。既発表の論文も含めた本書の構成は以下の如し。
戊戌政変の時間,過程,経緯
戊戌年張之洞の北京召還と沙市事件の処理
戊戌変法期における司員・士民上書の研究
戊戌変法期における光緒帝の対外思想の調整
戊戌変法に対する日本政府の観察と反応
本書の圧巻は,何といっても首篇だろう。中国近代史上とくに有名な西太后の戊戌クーデターをめぐり,既往の研究の問題点がくまなく整理される。海のような档案史料もとにした考証は微に入り細をうがつ。袁世凱の密告はあったのかなかったのか?西太后の回宮はいつだったのか?光緒帝軟禁の日時は?・・・もちろん本書ですべての謎が解決したわけではないが,ここまでくると,ほとんど断案に近いのではないかとも思えてくる。中国学者の底力を示して余りある労作である。春休みに精読して,もって夏学期の講義にそなえることにしよう。(村田雄二郎)