新刊紹介
林泉忠『「辺境東アジア」のアイデンティティ・ポリティクス──沖縄・台湾・香港』
明石書店,2005年2月,312頁,4000円+税
著者は香港出身で日本に留学し,東京大学大学院法学政治学研究科で学位を取得した新進気鋭の学人。現在,琉球大学助教授。本書は博士論文をもとにしたモノグラフである。
著者はまず,沖縄・香港・台湾の近現代における「帰属変更」の歴史経験をもとに,「辺境東アジア」という本書のキー概念を提示する。三地域の「帰属変更」は「復帰」であったり,「光復」であったり,「回帰」であったりして,その性格を異にするが,中心・辺境の関係構図の中で,これらを同一平面に置いてみた点に,本書のオリジナリティがある。そこから,国民統合にともなうアイデンティティ・ポリティクスが発生したという課題設定は,妥当なものである。その上で著者は,近代化にともなう辺境の一体化,中心から離脱する脱辺境化の進展,独自のアイデンティティ形成など,この地域に共通する現象を抽出する。これは,辺境東アジアのアイデンティティ模索の過程であると同時に,中心・辺境関係の変容でもあった。
東アジア地域のダイナミックな変化を,ともすれば日中,中台など二国間関係で捉えがちな視点から解放し,立体的で重層的な地域構造を探る──そうした作業において,本書が提示するモデルは有益な示唆をもたらすだろう。「近代国家」やナショナリズムを歴史化するスタンスにも共感を覚える。欲を言えば,「中心」が各局面で「辺境」をどのように認識し,いかなる働きかけを行ったのか(または行わなかったのか)について触れる一章があってもよかったのではないか。「中心」の人々こそ,本書を最も必要としているかもしれないから。(村田雄二郎)